し~んと静まり返った教室。
お母さんのすすり泣く声だけが聞こえてきます。
30分前。
和くんのお母さんが面談のために塾を訪れてきました。
休日のため、生徒は誰もいません。
その日、教材整理をしていた私(当時20代)は、聞くともなしに2人の会話を聞いていました。
塾長が和くんの学習近況を説明します。
それを黙って聞いているお母さん。
話が家庭での学習について触れた時、お母さんが突如泣き出しました。
「私だって精一杯やっているんです…」
しくしく泣きながら、蚊の鳴くような小さな声でそう繰り返します。
和くんの家は父親が不在のことが多く、お母さんも働きに出ています。
1人っ子の和くんは普段、おばあちゃんと一緒に過ごすことが多いとのことでした。
家では宿題を全くと言っていいほどやってこない和くん。
その理由を塾長が尋ねた直後の涙です。
軽い緊張感が漂う教室。
その空気を破るように、お母さんが少し怒った口調で切り出しました。
「先生!…先生は和樹と私、一体どっちの味方なんですか??」
は?
味方とか、敵とか…。
そんな話じゃないじゃん。
あなたたち親子は戦ってるとでも??
…塾長~!はっきり言ってあげてよ。
味方とか敵とか、そういう問題じゃありません、って!
ビシッっと言っ…
「もちろん、お母さんの味方ですよ」
えええ~っ?!
塾長、お母さんの味方なの???
しかも即答~??
塾長の口からは、さらに残念な言葉が続きます。
「私たち学習塾もお客様商売です。だから、お金を出している人の味方です」
いやいやいや!
客商売…確かにそういう一面もあるかもしれない。
塾だって、経営基盤がしっかりしていないと存続できません。
揺らぎない基盤を確保することは大前提でしょう。
でも、私たちは子供の学力を伸ばすために存在しています。
経験やノウハウを活かして、
「どうしたら、この生徒の学力は伸びるか」ということを真剣に考え、的確に指導していく。
それが塾の使命です。
私たち講師は、子供にとっては「信頼できる道先案内人」であり、
ご両親にとっては、子供を共に育てていくという意味で「理解し合える同士」であるべきです。
だから、「味方」も「敵」もありません。
「味方」「敵」という概念の根っこには「争いや不和」があります。
そんなもの、親子間には全くもって不要であり、お母さんのその考え方自体が子供の発育に悪影響を及ぼします。
…私が塾長だったらそう言っていたでしょうね。
「先生、和のこと何とかしてくださいね。お願いしますよ」
ひとしきり泣いてスッキリしたのか、鼻歌まじりでお母さんは帰っていきました。