今回書かせて頂くお話は、2008年に他ブログにて掲載した記事を編集したものです。
なので、すでに読んで下さった方々もいらっしゃると思います。
この話の主人公で、実在の人物であるⅠくんについての最新情報を付記して再度掲載させて頂きます。
教育という現場に携わっている1人の人間として、しつこいくらい何度でも何度でも皆さんに問いかけていきたい課題が盛り込まれたエピソードです。
教師ではない方も。
親ではない方も。
「子供という存在を教え育てる大人」の立場として、読んで頂けたら大変嬉しく思います。
「親愛なるIくんへ」
学習塾で講師をしていた頃のお話です。
ある年の冬の初め、Iくんは入塾してきました。
ひょろりと痩せていて、どこか青白い顔で。
それでいて、瞳に強い輝きを持つ少年でした。
「この子、もっと勉強したいっていうの。お願いね。」
きつい香水の匂いを漂わせた母親は、入塾届けを書き終わるとすぐに帰って行きました。
Iくんは向上心が強い子でした。
新しいことを学ぶのが楽しくて仕方がないといった感じで、スポンジが水を吸うようにどんどん知識を吸収していきました。
「坂本先生、僕ね明日学校で分数を勉強するんだよ。楽しみだなぁ。ドキドキしちゃうよ~」
目をキラキラと輝かせながらそう話していた姿が今でも目に焼き付いています。
「ドキドキする」。
それはI君の口癖のひとつでした。
Iくんは新しい知識を自分の中に学び入れるとき、「ドキドキする!」という言葉をよく使っていたのです。
問題を解いている時の彼は人並み外れた集中力でした。
時折息をするのも忘れるのか、解き終わった後に「ふぅ~」と大きく息を吐くのがいつものスタイルでした。
Iくんの家は母子家庭です。
お母さんの仕事がいつも長続きしないため、家計は相当苦しかったようです。
また、Iくんは3人兄弟の長男で、塾の日以外は毎日、弟達の面倒を見ていました。
掃除や洗濯も彼の仕事でした。
こんなエピソードもあります。
バレンタインデーにお母さんからチョコを貰ったと嬉しそうに報告に来たIくん。
「よかったね。お母さん、Iくんのこと大好きなんだね」
私がからかうと、Iくんは臆面なく
「僕もお母さん大好き!」
そう言ってニコッと笑いました。
そして、小さな板チョコを、先生方みんなにおすそ分けしてくれたのです。
たぶん久々のお菓子だっただろうチョコレート。
それを惜し気もなく人に分け与えることのできるIくんは、誰よりも心が豊かな人間だったのだと思います。
この子の好奇心や探求心を伸ばす手助けをしたい。
そして、私自身もこの子に学ばせてもらいたい。
私は、心の底からそう思いました。
ところが…。
ある日、思いもよらない悲しい出来事がIくんの身にふりかかってきたのです。
(続きは明日)