塾長ブログ

11.3

7月に岩手旅行へ行った際、宮沢賢治記念館に行ってきました。そこでダンナが買ってくれたのがこれ。
宮沢賢治が持っていた手帳(複製)です。
オリジナルの手帳の中身をそっくりそのままコビーしたものなのですよ。あの「雨ニモ負ケズ」が綴られていた有名な手帳です。
ところで、「雨ニモ負ケズ」は詩だと思っている生徒も多いのではないでしょうか。しかし、あれは詩ではなく、自らへの訓戒を記したもの。人に見せるためではなくて、備忘録というか、自分自身への戒めというか、「こういう人間でありたいなあ」という想いをメモとして残したものだと言われています。
賢治の弟である宮沢清六氏は、童話でも詩でもないこの作品を世間に出すことを躊躇ったそうですが、「ここに綴られているのは賢治の生き方、考え方そのものである」と考え、発表に踏み切ったとのことです。
そもそも世に発表する目的で書かれたものではなかったゆえ、この書き付けにタイトルらしきものはありませんでした。現在付いている、「雨ニモ負ケズ」という表題は賢治の死後、便宜上に付記されたものです。
賢治が表題として実際に付けていたのは、
「11.3」でした。1931年11月3日。これを書いた日付けだと思われます。
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ※(「「蔭」の「陰のつくり」に代えて「人がしら/髟のへん」、第4水準2-86-78)
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
紆余曲折を繰り返し、晩年は病気と共に歩みながらも、「生きる」ということの意味を考え抜いた賢治。命が消えるその間際まで、人のため世のために力を尽くそうとしたその姿。それが言葉の端々から浮かんでくるようです。


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