溜まっていた子ども会の仕事を終わらせ、お昼から夕方まで開催されたワークショップの会場に娘を送って来ました。
娘が力を入れているJAZZダンスには、「しなやかさ」や体幹の安定、そして表現力が不可欠。世界的な表現者である渡邉尚先生から体の使い方について学べる貴重な機会だったのです。存じ上げませんでしたが、娘曰く「凄いという言葉では言い表せないほどの超人!」だったそうで、今日は良い経験になったのではないかな。
…その間、私達は札幌市北区の麻生(あさぶ)の歴史探訪ウォーキングを楽しみました。
明治から昭和にかけて、麻生には軍服やテントの材料となる繊維を採る「亜麻工場」がありました。現在は取り壊され、「麻生」という地名の中にその名残を留めるのみとなりましたが、麻生エリアはかつて北海道の一大産業を支えた地域だったのですね。
↑初夏に咲く亜麻の花。暑くなるお昼には花を散らしてしまう「一日花」として有名です。
↑住宅街の中に一本だけ生えているこのアカマツ。ここはかつて亜麻工場の工場長が住んでいた庭の跡地です(右は当時の様子)。当時を偲ぶものはこの松の木だけとなりました。
工場の跡地の一部は現在、麻生球場になっています。ちょうど中体連(?)が行われていたので、休憩がてら少しだけ観戦していきましょう。
次は、麻生から少し足を延ばして新琴似神社へ。
夏越大祓(なごしのおおはらえ)に合わせて、茅の輪(ちのわ)が設置されています。
涼しげなかき氷が描かれた可愛い御朱印を拝受しました。
明治20年に屯田兵とその家族146名が入植し、開墾したのがここ新琴似です。神社に隣接する形で、新琴似屯田兵村の本部だった建物(復元)があり、無料で見学することができます。屯田兵たちがどのようにして新琴似までやって来たのか、どうやって住居が割り当てられたのかなどを詳しく学べます。
さて、麻生の中心部に戻りましょう。私にとって麻生は忘れ難い場所。講師として10年以上勤めた予備校がある思い出の地なのです。一時的でしたが、本校から徒歩5分圏内のビルにも分校があり、一日に何度も行き来していたこともあったっけ。
↓こちらは当時住んでいたマンション。地下鉄駅から徒歩1分という好立地がお気に入りでした。すぐ近くにあったチャンドニーというカレー屋さん、まだあるんだ!今度、10数年ぶりに行ってみよう。
辺りを見回しながら歩いていると、仕事に遊びに全力だった日々が蘇ってきて、懐かしくもあり、何故か少しだけ切なくもなりました。









